先日、近くを通りかかったので、兵庫県の「生野銀山」を訪ねました。
室町時代に本格的な採掘がはじまり、戦国時代を経て江戸時代には「銀山奉行」「生野代官」が置かれ最盛期を迎えた生野銀山。明治元年に政府直轄となりフランス人技師が着任、近代化を成し遂げましたが、鉱量枯渇等により昭和48年に閉山しました。
観光坑道内部では、当時実際に使われた機械や、写真から再現した場面(写真にかなり似ているリアル人形)等が見学できました。
その長い長い歴史が想像できるような坑道は、ものすご~く長くて(町何個分なん!)、ものすご~く深い(何階建てやねん!)もので、そのほんの一部分を見学しただけですが、思わず圧倒されました。
実際に手で触れる岩肌は手で掘ることができるとは思えない固さで(岩だから当たり前ですが)、そこここに展示されているリアル人形を見て、「過酷な労働環境だったんだろうな~」とか、岩盤が崩れてたくさんの人が亡くなっても、「家族は泣き寝入り状態だったんだろうな~」「労災とかなくて、労働環境の改善なんか望めないんだろうな~」とか、考えてしまいました。
坑道内は気温が一定で、夏は涼しく冬は暖かと地元の方がおっしゃっていましたが、ホント寒いくらいの涼しさでした。
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